R011[雑記]今と昔の話

昔々、とある災害の被災者だったけど、まだ未就学児だったのでそこまで恐ろしかった記憶は無い。
ただあるのは、防災要員として現場へ行っていた父親を除く家族5人の命を乗せて泣き叫びながら必死で逃げた母親のことくらい、そんな話を最近お客さんとすることが多かった。
特に直近では台風5号が異次元の進路をとって、まるで日本を観光でもするかのような経路をたどったのが印象深いし、川が増水するたびにちょっと不安になるのも精神的にはそこまで危機感がなくても身体の芯の部分で覚えているこの濁流が流れ込んで来たらどうなるかというトラウマともいえる内の恐怖がある。

まぁそれはおいといて(おいとくのか
ちょっと今と昔の話をしよう。


■小学生頃までの景色

大きな県道は無かった。
軽舗装の殆ど田んぼ道に等しい通学路を3キロ徒歩で通って通学。
自分達が通った保育園は、卒園してからほどなくして新しい保育園に建て替わった。
小学校入学時は木造校舎。
古びた階段とは名ばかりの踏み段がある急なスロープで、上級生が滑り台にして遊んでた記憶がある。
建て替わったRC造の新校舎は今も健在で、息子様が通っている。

地区内でたった一軒しか無くなった牛舎は、昔はそこかしこに点在した。
そして実は昔の方がどこもかしこもやかましかった。
機織り機の音。
祖父、祖母、母が私のお守りをしながら、一日中やかましく忙しなく動く巨大な機織り機を動かして働いていた。
やや脱線すると、銀英伝で「紡錘陣形」というのを初めて聞いた時にふと懐かしさを覚えた。
その機織り機を始終往復していた紡錘を思い出すからだ。
まるで一両編成のミニチュア新幹線かリニアモーターカーのようにそれは高速で行き来する。

近所の路地、探検場所。
今のほうが整備されてるのに雑草が生え、暗渠化されてない細水路を見るだけでも「こんなとこ、よく入っていったなぁ」と当時の逞しさが信じられない。
排水機は危険だという認識がありながらも水位が下がったため池に入って遊んでたり、今じゃとてもじゃないけどできないのに当時は鮒釣りでミミズに針を刺して餌にしたり。
「不衛生」や「危険」という概念が冒険場所を狭くしてる、とは思う。
例えば、明らかに物理的に危険なんだけど、2.5~3mくらい落差がある排水機のブロック擁壁の上から、すぐ下の道路まで普通に飛び降りてた。
よく骨折とかしなかったなって思う。
まぁだからと言って、今の子はそんなことできないだろ?って言うつもりもない。
明らかに危険だし、むしろバカな行為だ。
遊ぶ場所、遊ぶことに乏しかったから、そういうことに楽しみを見出していたというだけで、代替できるものがあるのならそれに越したことはない。

小学校の話に戻るけど、校歌に謳われている校庭に聳えていた3本の木は、今は1本になってしまった。
元々校庭に当たり前のように立っていたので、邪魔といえば邪魔だけども無くしてしまうのはちょっと変かなって残念に思う。
今通学している息子様世代は、校歌を歌っていてもなにもピンとこないだろう。
学校側はちゃんとそのへん教えてるんだろうか。

商業施設に恵まれないのは今も昔も変わらず。
出店する大手チェーンもここの排他的な空気には商機をはかるのが大変なのだろう。
それでも昔だったら、コンビニなどある筈も無く、「腐り屋」と揶揄されてた近所の駄菓子屋へ足を運ぶのが当たり前だった。
文房具を売ってるとこなんて学校前にしかなく、本屋は隣町に行かなきゃなかった。


■変わりゆく今

景色が随分と変わった。
そもそもこの土地に住み続けてたわけではないし、20代の頃はこの土地が大嫌いでわざわざ戻ってきて住んでいるなんて想像もしなかっただろう。
20代の頃の私が今の私を見たら、「は?お前そこ嫌いやったんちゃうんけ?ふざけんなよ何してんねん」って怒ってることだろう。

どのくらいのド田舎かというと、今コンビニが数件あるというだけで大革命というのが本音なくらい耕地面積ばかりが目立つところだ。
年々耕地面積も減ってきてるし、宅地も増えているけど。
かつて地区の中で片手で数えられる程度でしかなかった、同じ苗字からなる集合体は住民の流出入によって大きく多様化した。
影響力は昔と余り変わらないみたい。

成功者を妬み、出世者を蔑むネガティブ思考は、旧来的排他性でやはり変わらない。
自分達より成功したり、儲けたりする者を無条件に蔑む地域性・・・おぉやだねぇ全くもってやだねぇ。
そういうのをお手本にせず、現状維持にこだわるから何事も老朽化する一方で、朽ちるしかない運命なんだろう。
発展したといえば確かに発展したが、それはあくまで物理的側面だけで、精神的側面は全くもって昔と変わらない。

ただ、気風は変わりきることはなくてもゆるんではいくと思う。
転入者が多い分、外の空気が既に現代の理から外れた常識を覆していくはず。
情報化社会の中でも既存メディア依存率が私達と同年令であっても著しく多いので、まだまだ長い時間を要するけれども。


■最近の子供はひ弱?非常識?

つい先日、ツイッターのタイムラインを眺めてたら、そうだよなぁって思ったことがあった。
「むしろ昔は謎の病気で亡くしていた命も今は医学の発達で昔と比較したら死亡率はダントツに低い。」

昔だったらケガといっても「そんなかすり傷ツバつけときゃ直るわ」と一蹴されたもので、今考えると割と酷いキズを負ってても「そんなもんどうっちゅーことあらへん」で片付けられてたことも多々あった。
「甘えんな」という忍耐力の強化論、間違った根性論ではあると思うけど。
確かに今ほうぼうの家庭の話を聴いていても、過保護?と思えるほどの事柄がやたらめったら多くて、旧来の肝っ玉母さん的な存在は観る影もない。
あ、居るわ、従妹に一人(´・ω`・)

考え方もうちの息子様の言動とか聴いてると分かるけど、年長者に対する敬意ってものが全く無いだとかそういう印象はある。
教育って大事だよねって思うし、それだけ年長者の威厳ってものも感じられなくなってきてるほど、便利になりすぎて、むしろ生活の中にある新技術を子供世代の方がよく使いこなし、逆に大人が教えてもらうなんて逆転現象が起きてるからなんだろうけど。
誤解なきように言えば、年長者に対して無条件に敬意をはらえ、という話ではない。
それは成長するにつれて、段々弁えていけばいい話で、それによって得をする、損をするという経験と感触をつんで、最終的な着地点が決定されるから、うちの息子様のある部分では敬意を感じ、ある部分ではコイツくっそ生意気やなぁと思うような喋り方は、その訓練の真っ最中だと思ってもいい。
彼は彼なりに人との接し方を勉強している。
自分の息子様ながら、感情が落ち着いているときは、考えながら話そうとするのは、少しでも相手に意思を伝えよう、聴いてもらおうとするにはどうすればよいのかを思考しているのが分かって、割と賢いとは思う。
ただどこかの段階で釘を刺さなきゃならんことではある。
何かってね、社会人になっても敬語の使い方どうこうを言う気はないけど、段階的にフランクになる以前にいきなりタメ語で話し出す若い子って本気でどういう教育受けて成長してきたのよって心配になる。
その本人が損しようが得しようが知ったこっちゃないけども、その所作ひとつひとつが非常にめんどくさい話ではあるけども「見られている」んだよ。

やや脱線。
YouTuberのヒカルさん。
彼の配信時の言動はめっちゃくちゃ今風でクソ生意気で世の中なめくさってるようにしか見えないけども、その時々少し素に出てくる礼儀正しさとか、目上に対する敬意のはらい方だとかを観察してると、本質的にはちゃんとそういう教育の下で成長してきた人物なんだなぁって印象がある。
同時に過去の苦い経験に裏打ちされた対処法でもあるのかも。
食事作法とか、礼法的には正直ダメ出ししたくなることは多いw
本来は、ヒカルさんみたいな存在は、私が第一印象で判断したら、なんじゃこらこのクソガキなめてんのかボケ死にさらせやカスとか多分そんなかんじになると思うんだけども、そうじゃなかったのは多分そのへん。

だいぶ初期にこれ見たからなぁ)Oo(・ε・)


■まぁ、それはおいといて・・・

今の子供が「もろいなぁ」って思うことは私達世代からすれば多々ある。
ただね、逆に言うと「それが時代に適合している生き方」ってだけの話で、自分達のほうが長く生きてきたから自分達の常識に束縛しないとダメっていうのは違う。

非常に曖昧な「各家庭の教育に依る処」ではあるし、そんなもの何が正しいのか、自分の子供にどのような教育がするのが適切かなんて、大筋は礼儀作法や処世術の面では一緒でも伝え方教え方は千差万別で100%正答なんて模範解答はどこにも存在しない。
大人も子供も何も分からないことを手探りで、時に情報を元にまたはそれを曲解して、その時々にベストやベターと考えることを伝えているのみで、だからこそリードする側としては正に子は親の鑑で、色んなことを斟酌して真剣に噛み砕いて諭す方法を探り当てる。
私なんか本当に転職が多くて、いちいち数年に一度異業種に転んでリセットして、いちから勉強することが多すぎて困ることがあるけど、それにしろ過去の経験ってのが何かしら生きてきて、時々それで「他と違うから君面白いね」って言われることがある。
例挙すれば、私が今居る業界でお客様に真顔で評価されたことだけども、この業界にあってここまでビジネス然として、書類の送り方やメールの文面をキチンとしたためる人は居ないし、異業種を渡り歩いた分で今の業界とミックスして、別角度からの考えを提供してくれるから興味深いことがある、らしい。
それって社会人になってからがスタートではなくて、学生時代、学童時代にどんな経験をしてどんな実績があったかって、今考えると重要なファクターのひとつでもあるし、頭ごなしに「学歴関係無し」とか言っても、その時々において常に考えて向き合ってっていうのを習慣化してきていないと、やはりいきなりおいそれとできるものではない。
やっぱり私は頭悪いから、それでも問題にぶち当たったり、不器用な選択をしたりなんてこともありがちだけど、だからそんな変な真面目さに味を見出す、見てもらってるなんてこともある。

「今」を捉えすぎてこだわりすぎて、子供の可能性をストップさせてしまうよりは、じゃあ未来の可能性を少しでも見出せるように教育するのって、成功ばかりしててもダメだし失敗ばかりしててもやっぱりダメでバランスが要るんだけど、どんな風なバランスがその子に最適化されるかは不明。
私は幼い頃、あらゆる可能性や興味を排除されながら過ごしてきた。
親の考えとしては、親の威厳を曲解して、とにかく成功する道を歩ませようとした弊害で、社会人になってからは正にしたこともない挫折を何度も繰り返して、それも他人から見ればなんてことない失敗でも失敗の経験が余りに無いから、あったとしても軽い軽い失敗に留められているから、対処法が見出せずに余計な労力を使うことがひどく多かった。
だから親のせいって言ってるわけではなくて、何故考え方をもっとシンプルに最適解を導き出せないのか、トライアンドエラーの中での拾い落としが多すぎるのではないか、っていう自己反省点でもある。

乱暴な話になるけども、信号ルールを守らない子供は一度死なない程度に轢かれてみればいい。
馬鹿は死ななきゃ治らないではないけれど、死んだら元も子も無いし半身不随になっても元も子も無いし、轢いてしまった運転者さんには甚だ迷惑な話ではあるが。
極論だよ、極論だけど、その失敗が杖になって次はそうしない、信号ルールは守るのが当たり前だ、ってなる。
幸い(?)私も高校時代に交通事故に遭ったためしがあるけど、記録的には無い。
どういうことかというと、通学途中に車と車の間から自転車で道を横断しようとして、対向車に思い切りはねられたことがある。
自転車のフレームは歪んだし、自分は数メートル吹っ飛ばされて堤防だったので転げ落ちた。
で、これ実際うちの親も知らない。
運転していた人も既に記憶にはないだろう。
その時直感的にこれは自分がしでかしたことだから、自分が悪い、むしろはねた運転者に急に飛び出してきたことを詫びるべきだと判断して、身体中痛かったのに何事も無かったかのようにはねた車のほうに頭を下げて、そのまま通学した。
その経験から自転車でも判断を誤ると事故につながることを体感したし、その経験があるからおっかなびっくりなほどに車を運転する時も「かもしれない思考」で運転して無事故無違反を貫いている。

あとはどうだろう、報道なんかで学校が悪い、先生がクソだ、みたいな話多いけど、撮り鉄が全員そうでないのと同様に先生だって皆が皆クソじゃない。
クソな先生に当たってしまったら、そりゃあ歪んでいく不幸もあるけどさ。
今は盛んに報道されるから学校の問題が浮き彫りになりやすいだけで、実際問題昔だって常軌を逸した狂育をほどこした先生はいっぱい居る。
私の経験からすれば、小学4年生の時の担任とかな、男女問わず忘れ物とか宿題忘れたりとか悪い事をしたら罰でパンツ一丁にして授業を受けさせる人居たわ。
「先生は教職者だから絶対」の神話が崩壊したことで隠蔽されてきたいいこともある。
同時に過剰に取り上げすぎて、先生が本来もつべき威厳を恐ろしく削ぎ落とす情報が溢れててやりにくいのはやりにくいだろう。
自分がすべき躾を学校に押し付けて、何かと言えば学校批判に転ずるクソ親なんぞはお前がどんだけ賢いんじゃ?どんだけ物を知っとるんじゃ?って先生も言いたいやろな。
先生側も不幸なことに若い先生だと年上の親御さんばかり相手にしなきゃいけないぶん、社会経験としては世間からある意味隔絶されたところに生きていて、やりづらいことやちょっとズレたこと言っちゃって常識はずれな失敗をすることもあるんだろうけどな。

息子様には人生の痛手にならない程度に失敗して、傲慢にならない程度に成功をかみしめて、成長していってほしいわ。
とりあえず1歳前後で既に視覚情報をある程度正確に捉える、カレーパンマンとバイキンマン描画能力があったから、私より描画の才能はすこぶる高いと思うの(・Д・)

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