R010[雑記]パンヤの終焉に寄せて

先頃長い間サービスを続けてきた「スカッとゴルフパンヤ」が、遂に2017年11月10日にサービスを終了するという告知があった。
β勢ではないにしろ、S1時代マックス、クーとホワイトウィズ実装当時からパンヤをやっていた私もサービス終了にショックを隠しきれな・・・いや、残念なことに全然ショックじゃなかった。
これは以前書いた「ロードラ語り」とは全く逆の話で、なんでそういう心境になってしまったのかを吐露しておこうと思った。

これまでもパンヤの話って、パンヤ全般の話にしろ、セルデザの話にしろ、何かと色々書いてたけど、以前に本サイトを再構築した際にブログエントリを移行しなかったため、その辺の記事はもう残っていない。

そんなある程度は「古参」であるパニャリストとしてのお話である。


■サービス継続してほしい、と思った点

ごく個人的な理由で、私はたったひとつだけサービス継続していてほしかった、と思う点があった。
それは何かというと、ある人と再会したかった、たったそれだけのことだった。
S2のクラブシステム実装当初から、途中私がSelfDesignerS移籍のために一時的に抜けた期間があったけども、”Go Further!!”というクラブを存続させてきた。
現在全く機能不全に陥っていて、誰もログインしてこないクラブで、それも随分前からこの状態は続いていた。
自分が設立したクラブっていうドメインとして在って欲しかったからではない。
誰も来ないんだし、野良でのほほんとしてても何も問題無い。

私は”Go Further!!”を閉じる決断に全く至らなかった理由。
それは、ずっと待っている、復活してくるなんていう望みは全く無いけれど、もしかしたら戻ってくるかもしれない、戻ってきたら再会できることを喜びたかった、ただそれだけのこと。
誰かと言えば、”Go Further!!”のサブマスターとそのお子さんである。
多分、サービス終了までに再会できる公算なんてのは絶望的にないだろう。
だからこそ、サービス継続を望むとすればその確率を僅かにでも延ばしてくれるそんな望みでしかなかったに過ぎない。

何故会いたかったのか。
ただ単純に「ありがとう」を言いたいだけだった。
セルフデザインの4作目”ロッソネロ(初代)”を作った時に誰よりも真っ先にサブマスターの娘さん(当時確か4歳?)にプレゼントした。
あの時に何かを変えようと必死こいて制作したことが出発点となって、その後100作(セットは100作弱)を超える作品群になっていった。
だから「たった一人でも気に入った人が着てくれたらそれでいい」そのスタンスを長いこと貫くことができたし、何故かガムシャラに「自分流」を求める後々ブレることがない素地ができあがっていった。
あの何気ないやりとりがずっと続ける原動力になっていたことは言うまでもない。


■自分にとってパンヤとは

約12年のうちの後半6年はほぼセルフデザインのためのパンヤと言っていい。
最初はそれを否定していた。
そもそもパンヤはゴルフゲームであって、そのアバターとして着せ替えができるだけであくまでオマケに他ならない。
でもその考えは、時代の変遷とともにセルフデザインだけやってればそれでいいっていうやり方に変遷していった。

最初期を思い起こしてみよう。
最初期って、対戦しかやってなかった。
何故かといえば対戦でチャットしながらワイワイやって、攻略法も確立されないままに誰もが手探りでゴルフゲームのくせに物凄く自由度に溢れたプレイ環境があった。
程なくして、無言対戦が主流になっていった。
逆に言えば、話をしたければ身内で固まってやってくれ的な小村社会の乱立が始まった。
これはコミュニティの在り方を物凄く小さくしていった。
日本特有の気質なのかもしれない。
まぁROにしろ、長く続くネトゲというのは、気心が知れた仲間が固まれば、それだけで回って行ってしまうんだからしょうがないといえばしょうがない。
極端に他の誰かと出会うことが減った。
大体それがS2の終わりくらいまで。
S3は殆どやってなかったから知らないけど、S4になったらまずもう既に自分の周りでもパンヤをやっている人は少数になっていって、対戦をせずに大会主体に大きく切り替わるスタイルに変化した。

S4がパンヤの中で一番大きく変わり、ピークを迎えた時代だと思う。
特殊ショット仕様が大幅に変更され、初心者でも遊びやすくなった点では、後にも先にも間口を広げる最良の改善だったし、何よりセルフデザインが実装されたバージョンである。
でもシーズン表記が「シーズン5」にならなかった、UNITED以降は凄まじく崩れていった。
既にこの時から崩壊は始まっていた。
・・・という空気を感じていた私は、ほとんどセルフデザイン1本でパンヤにログインすることとなり、ゴルフを遊ぶとしてもシングルプレイモードで一人で勝手に打ってるだけに留まった。
正直、ゴルフで人と関わることすらうざったくなってしまったのである。


■運営体制が崩壊させたセルフデザイン

これだけは絶対に言及しておきたい。
多分、うまく運用してさえいれば、セルフデザインってのは未だにドル箱コンテンツだったんだろうと思う。

現在プレイしている人は、かつて「1号店」というものが存在していたことを知らないと思う。
同時に何故Webに存在する「セルフデザインショップ」が「2号店」と呼ばれるのかも。
1号店は不具合や選定掲載されるセルフデザインの有利不利により閉鎖されたが、ついに復活することはなかった。
セルデザ最盛期の頃、何度申請しても1号店にはたった一度として掲載されなかったことも付記しておく。

そして、度重なる改悪である。
諦めて放置しつづけた「半角カナ文字」問題。
奇数文字列バイト長の半角カナ文字のデザイン名をつけたセルフデザインを露店に並べた途端、クライアント落ちするという大型アップデート時の深刻な不具合である。

繰り返す、 深 刻 な 不 具 合 である。

これで、有名どころのデザイナーさんも含め、パンヤをやめていった人が続出した。
しかし、現在に至るまでこれに抜本的な解消策はなされないまま、単に不具合に触れてしまう該当条件のセルフデザイン名は命名しないでほしいというリリースのみだった。
私のセルフデザインは、割とカッコつけてそうしていると嫌味言われたこともあるけども、「実際そういうリスクもあるなぁ」と最初から疑いをもった上で、英数外国語名表示にしていたため、全く影響はなかった。
ただ、そんな物凄くくだらない理由で数多くのセルフデザインに情熱を注いでいた人が去っていったのは、なんともやるせなかった。
中には新しいのを作った途端にその不具合に触れて、「単なるクラ落ち」という結論に至ってやめていった人だって居る。
それだけならまだしも、運営は度重なる改悪を行った。
まず作者名の表記を前述不具合に引っかかったのが対応しきれなかったのか、ある日突然表示させなくした。
これで、誰がデザインしたものかすら分からなくなってしまった。
更に現在のバージョンになって、露店売りをしようにもコピーを補充するのに一度ロビーへ退室しなければならないという改悪までやってのけた。
今も数人、後期のデザイナーさんで露店を立てている人は居るけど、よく辛抱強くやってるなぁ、ガッツあるなぁって思う。

もう一つ追記しておこう。
いつ頃からか私がニコ生を始めるキッカケとなったのは、「セルフデザイン制作配信」を始めたことだった。
その制作配信をやってた頃に視聴者さんから言われたことがある。
「パンヤやってるけど、セルフデザインなんていう服を作れる機能があることを知らなかった」
これはあかんよ。まじであかん。
どんだけ力入ってなかったんだよ運営、って憤りが隠せなかったわ。
知らん人もそれなりに居たんだなぁってことにびっくりしたわ。


■プレイ環境を崩壊させたプレイヤー側の所業

あくまで個人的見解、ではある。
パンヤを殺したのはパニャリストだと思う。

パンヤのゴルフプレイを語る上で、「計算」や「定規」というのが常識化した。
これでビギナーがパンヤを始めてもまず勝てる要素が全く無いし、始める前の予備知識としてそういうプレイ方法(私は断じて認めてないが)があるというのを知っているのといないのとでは、その後面白いのかどうかなんてのは全然違う。
全く勝てる見込みを感じないビギナーさんは、それが自分との戦いだっていうことを認識できないから「他人と比べてやめてしまう」
最初から計算で入ったビギナーさんは、確かに残るだろうけどもはやゴルフゲームをやっている感覚は無く、計算が正しいか正しくないかに終始するため、このゲームの底が限りなく浅く見えてしまって、長くは続かない。
運営がこれに歯止めをかけられなかった(無理だとは思うが)のは、かなり痛い。

特殊ショットが打てるし、コースのギミックもあるからパンヤはゴルフじゃない。
分かる、けどもゴルフを前提としたゲームであることには変わりがない。
よく私は「計算」や「定規」(チートツールは論外だから置いておく)を駆使したプレイスタイルを「無粋」だと言い放った。
これに対して、個人のプレイスタイルにとやかく批判的な立場をとるのはよくない、といった意見ももらったことがある。
じゃあ、考えてみよう。
計算の上手い下手を競うのがこのゲームの本質か?
もしそうであれば、もっと早くサービス終了してただろう。
かつてFEZが混沌としていた時に似てる。
古参の振る舞いが新人の獲得を潰す典型的な構図だ。
割と悪い状況で、皆バカになれば楽しいものを、高スコアを追い求める、ゲームとしては当然であるが超えるべきではない一線を超えたところでプレイし続けるプレイヤーが増えたせいで・・・しかもそれが飽きてくれれば救いがあるけど、飽きないから困ったもので、この過疎化である。

勿論、過疎化はそれだけの要因で起こったわけではない。
プロモーションが悲しいほどド下手だと思ってたし、コラボするにしても「ズレてんだよなぁ」って新規獲得にやっつけ感が強いイベントを乱立させてたのは言うまでもない。
なんか運営さんに文句ばっか言ってるけど、「他所もやってるから、うちもとりあえずコラボしてみました」だとかそういった訴求力の無さが沈む方向にしか働いてなかったのは間違いない。
ただこの問題に関しては、寿命を縮めたのは間違いなくパニャリスト側にある。
ここで一つ、じゃあどんな救済策があったのかって言えば、「ヒーロー」の存在が居なかったのよな、パンヤ。
マックスむらいさんじゃないけど、パズドラやモンストにおけるあの人のような絶対的な存在がそもそもパンヤには居なかった。
FFXIのブロントさんみたいな伝説級の面白プレイヤーでもよかった。
そういうコンテンツの中のアイドルというか有名人を確立することでも失敗しているのよなぁ。
ゲームマスターをアイドル化しようとしてなかった?
RO最初期のヒャックたんくらいのカリスマ性なかったら無理じゃぜ?

あぁ、セルフデザインではこういう話もあったよ。
「アッホかwww」って一笑に伏したけども。
「売れっこのデザイナーが凄いのを作り過ぎるから後が続かない」っていう意見を聞いたことがある。
なんで最初から売ること前提なのかね?って思う。
売らなくてもお気に入りの一枚を自分の表現力でデザインするのがセルフデザインなのに。
「そんなのつくれなーいw」とかゆってる人もいたけど、そんなの作らなくていいんだよなぁ。
売る気が無いのならなおさら、自分だけの魂ぶちこんだ好きなキャラクターに着せたい一着でいいわけじゃん。
なんで人のせいにしてんの。
まぁ分からなくもないよ。
自分の胸に手を当ててみてもそれはある側面で納得できる意見だ。
私は「現在数多の凄い絵師さんが居るんだし、私ごときが下手くそなラクガキを公開すること自体がおこがましい」って言ったことがあるし。
でもそんなもんはやりたきゃやるし、やりたくなきゃやらないってだけの話だ。


■パンヤってつまらないの?

つまらなくはない。
私は自分がパンヤをやり始めた最初から、自分としか戦ってない。
流石に後期にただ惰性でシングルモードばかりやってたのは、自分と戦ってたとは言い難かったけど、今の自分のスコアを今の自分の感覚だけで乗り越えていくっていう楽しさがずっとパンヤにはあった。

それは本編であるゴルフに限らず、セルフデザインでもそうだった。
次は今よりいいの作りたい、ただそれだけ続けてたらこんだけ出来ちゃったってだけだ。
そしてその情熱が既にどちらからも火を消してしまったことも。

フリーのチャットルーム導入も大きな改善だった。
アレで横の結束を強めることができていれば、そしてそれに運営体制が応えられていれば、また違った景色があったのかもしれないし、正直今のゲーム性を維持した上での「パンヤ2」もしくは他ベンダーからの「パンヤもどき」出現はないかも期待してた。


■サービス終了

本論のシメ。
2017年11月10日までは続くパンヤ。
私の感触としては、「あぁもう終わるなぁ」って勝手に思ってたのって、ちょうどSDOC連番で80作目のセルフデザインを制作した頃だと記憶している。
調べてみたら2015年8月初旬だった。
私の連番は一度ここで途切れて、オーバーランシリーズでその後はSDOCX01~04という連番になった。
もうあかんやろこのゲームって思ってた。

・・・ところから、この2年後にやっとリリースされたサービス終了告知を見た時になんて思ったかというと「やっとかよ!」っていう相変わらずの運営サイドのだらけっぷりと、惰性っぷりを嘆いた。
昔のガメポってこんなんじゃなかったんだけどなぁ・・・って溜息しか出ない。
よく続いたという賞賛よりも「とっくにオワコンなのになんで続いてるの?まだ稼げるの?ガチャアイテムだけ撒いてればワンワンしてくれる層ってまだいるの?バカなの?死ぬの?」くらいに思ってた。

でね、セルフデザインなんだけどね、もう、何かってーとパンヤ≒セルフデザインになっちゃってる病気な存在だからアレなんだけどね。
「所詮データだし、サービス終了したら見れなくなるのは分かってるんだから、全部自分が頑張った記録として残しておこう」ってのが、私のカタログなワケ。
つまり当初から、露店で売る売らないを判断しあぐねている頃から、私はこの日のために「非売品です」とか売らないと決めているセルフデザインに至るまで、いちいちカタログを制作してたワケ。
そういう意味では心残りがないのね。

私の気持ち的には、パンヤに対しては素直におつかれさまでした、とは言えない。
ロードラの時にあれだけ「ゲーム本編には興味を失っていても惜しいゲームだよなぁ」って悲しんだこともパンヤにはそうも思えなくなるほど、多くの不具合という病を抱えながらゲームとしての晩節を汚したものになった、というかんじ。

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